学校だより3月号 巻頭言

                    ともに考え、育み合う

                                                岡崎 登

 「6年生を送る会」が行われた日は、雲一つない真っ青な空を背景に、真っ白に雪化粧をした弥彦山が凛とした姿を見せていました。心のこもった手作りのプレゼントと飾り、感謝の気持ちを込めた出しものが披露されました。5年生の劇は、ほのぼのとしてじ~んとくる温かみのあるものでした。対照的に、6年生の劇は、自分たちの思いを爆発させた刺激的で仲間を意識したものでした。子どもたちの目はステージに吸い込まれ、食い入るように見ていました。子どもたちの成長を感じたひとときでした。

子どもの成長に欠かせないものに感動がありますが、トラブルもあると思います。学校生活は集団生活ですので、本当にいろいろなトラブルがあります。たまたま同じ学校に入学し、席を隣にしたのですから、当たり前だと思います。一緒にじゃれ合っていたことがけんかになったり、遊んでいたことが仲間外れにつながったりすることがあります。だからといって、悪いことをしていいとか、いじわるをしていいとかではありません。しかし、私たちは警察や裁判官ではないので善悪で判断し裁くことではなく、善悪を教えることが大切だと思っています。むしろ、そうしたトラブルを一つ一つ階段を昇るようにのり越えるから成長するのだと考えています。

 子どもは、「どうしてそんなことをしたのか、ちゃんと話をしてごらん」と言っても、すぐには応えられません。厳しい表情で叱られるので、怖くてなおさら応えることはできません。特に無知や無意識の行為は、自分の考えや感情・気持ちを整理して話すことはとても難しいことです。だから、その状況をよく聞き、察するしかないと思っています。低学年の時期は、いろいろなことに興味をもち、じっとしていられません。じっくりと話を聞き、自分のしたことを諭すように指導します。高学年の時期は、自分のしたことを見つめさせ自覚するように指導しています。しかし、子どもなので、また同じようなトラブルを起こしてしまうことがあります。そのたびに、話を聞き、保護者の方に連絡をさせてもらっています。職員にも遅くまで対応してもらっています。けれども、全部が全部このように対応できるわけではありません。もしかすると、見逃したり忘れたりしていることもあるかと思います。そんなときは、遠慮なさらずに担任に相談してください。対応に納得できない場合や不安を感じる場合は、私に声を掛け、一緒に考えさせていただけるとありがたいです。

 新採用から36年が経ちました。私は、先生と呼ばれた日から、先生になったのではなく、子どもたちや保護者・地域の皆様から先生として、温かく見守り、声を掛けていただき育てていただいたおかげだと思っています。今でも、何人かのお子さんの悩みを保護者と一緒に考えています。学校で解決が困難な難しい問題は燕市教育委員会をはじめ、関係機関と連携させて、ご指導をいただいています。子どもたちの様子や私の思いや考えを載せさせていただいた学校便りを読み、たくさんの励ましの言葉をいただきました。吉田南小学校の教育活動にご理解とご協力をいただいたことに心から感謝申し上げます。ありがとうございました。   

学校だより2月号 巻頭言

                   特別支援教育に関心を

                                           校長 岡崎 登

 

 2月は陰暦で如月と書きますが、「衣更着」とも書くようです。「更に衣を着る」とは、本当にうまく言い当てていて、生活と言葉が結びついています。私は今、校長としてもっともっと特別支援教育について啓発しなければならないと感じています。

  私が新潟市立笠木小学校に勤務していた頃、児童朝会で6年生が寸劇を見せてくれました。笠木小学校は、文部科学省から勤労生産の指定を受け、校内の畑で育て収穫した大根やキャベツを近くの福祉施設に届ける活動をしていました。雪やあられが降る中で、6年生がリヤカーに作物を乗せて運ぶのでした。寸劇の中で、作物を渡す場面があり、もらった施設の方が「あ・り・が・と・う」と言う場面がありました。私は、たどたどしい演技だなと思いました。ところが、実際に行って、施設の方とふれあうと、その演技の意味がよく分かりました。子どもの中には、怖いと言う子もいましたが、施設の方がひとつひとつの言葉をしぼりだすように話される姿に、私は驚きと感動を覚えました。

 それから、時代はインクルーシブ教育システム構築へと移り変わりました。特別な支援を必要とする子どもは増加し、共生社会に向けての取組が行われています。

 吉田南小学校には、特別支援学級(あすなろ学級)が3クラスあります。自分の感情をうまく処理できなかったり、言葉で説明できなかったりといろいろな特性があります。そうしたお子さんは、勉強ができなかったり、怠けたりしているのではありません。そのお子さんの教育的ニーズ(それぞれの特性)に応じた指導や支援が必要で、環境が整えば大きく力を伸ばすことができます。そのことが脳科学の進歩によって少しずつ分かってきました。

 学校では、通常学級と呼んだり、特別支援学級と呼んだりしていますが、私は、どの子も支援を必要とする面をもっているし、どの子にも支援は必要だと考えています。その意味では、区別はありません。ただ、制度上、予算上このよう仕組みがあるのです。

 2月の全校朝会では、私の2つ違いの勉強の苦手な妹の話をして、もし当時、あすなろ学級で学べたら、もっと楽しい学校生活が送れたと思うし、勉強ができない妹を責めること(いじめや差別)は、自分の心を暗くすると語りました。今、子どもたちの中には、あすなろ学級と通常学級の区別や差別はありません。あるとすれば、大人(社会)の中にあるだけだと思っています。お互いの違いを認め合い、よさを見つけ合える学校づくりに保護者や地域と一緒になって取り組まなければならないと強く感じています。

学校だより1月号 校長巻頭言

                    自分の心と素直な対話を

明けましておめでとうございます。クリスマスやお正月などで楽しい冬休みを過ごされたこと思います。始業式では、6名の代表が、3学期がんばりたいことなど、抱負を述べました。3学期は、まとめの学期でもあり、今までやってきたことを振り返るとともに、自分の成長に気付き、周りへの感謝の気持ちを育てたいと考えています。

 

 2学期の終業式(風邪の流行による放送集会に変更)でお話ししたかったノボ君の話をしました。「ノボ君はどこに住んでいるか」という問いに、「校長室にいる、校長室の書棚の上にいる」などと、低学年の子どもたちが答えてくれました。高学年になると、廊下で私を見付けると「ノボ君が歩いてきた」などと話す声が聞こえてきました。ノボ君は、自分の中にいるもう一人の自分であることを感じてもらえたらうれしいです。

 12月の全校朝会では、自分の中にいるもう一人の自分を見つめてほしいと願い、いじめに遭い辛い思いをした教え子の話をしました。

 その中で、いじめられたA子さんが、いじめを強要されたC子さんを許したのは、なぜか。C子さんのしたことは許せないが、悪いと手を合わせて詫びるもう一人のC子さんの気持ちを理解して許したのではないかと話しました。

 昨年6月、校舎のガラスが割れるということがありました。誰が割ったか分からないまま時間が経ちました。7月の全校朝会では「今泣きたい気持ちです。吉田南小学校に正義の味方はいるのでしょうか。本当に勇気のある人はいるのでしょうか」と訴えました。後日、「僕が割りました」と言いに来た子どもがいます。黙っておこうと思う自分と、正直に言わなくてはいけないと思うもう一人の自分との間に心の葛藤があったと思います。その中で、正直に言わなくてはいけないと気付いたことは、大きな財産になると思います。

 学校では、LINEでのトラブルやお店の品物を取るなど、いろいろな問題が起こりました。そんなとき、もう一人の心の自分と素直に対話し、自分の生き方を見つめてほしいと願って3学期の始業式に話をしました。

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学校だより11月号 校長巻頭言

 ノボ君にかける思い

                                      校長 岡崎 登

 6年生と一泊二日の修学旅行に行ってきました。信州の山々は赤や黄色に色づき、青空をバックに紅葉を堪能してきました。(学校のHPにアップしてありますのでよかったらご覧ください)

 さて、11月の全校朝会では、段ボール人形(ノボ君)を登場させ、次のような話をしました。

  今日は、校長先生の友達を紹介します。名前をノボ君といいます。ノボ君は顔がロボットみたいです。ノボ君には、目があります。私が、美人を見てと美しいと言うと、ノボ君も「美しい」と言います。ノボ君には、鼻があります。伸びるんですね(トイレットペーパーの芯でできている)。私が、キンモクセイの香りをいいにおいだと言うと、ノボ君も「いいにおいだ」と言います。ノボ君には、耳があります。私が、すてきな音楽だと言うと、ノボ君も「すてきな音楽だ」と言います。ノボ君は、口があります。私が、りんごを食べて「おいしいな」と言うと、ノボ君は、「少し酸っぱいけど、おいしいリンゴだね」と言ってくれます。

 ノボ君に「漢字ができないよ」と言うと、「簡単だよ。練習すればできるようなるよ」とは言わず、「そうだよね、漢字って難しいよね」と言ってくれます。ノボ君に野球で「ホームラン打ったよ」と言うと、「すごいね かっこいいね」と言って一緒に喜んでくれます。

  ノボ君と友達になれたのは、「毎朝おはよう」と言うと、ノボ君も「おはよう」と笑顔で言ってくれるので、いつの間にか友達になりました。毎朝、笑顔でおはようと返してくれる人がいたら、大事にしてください。きっといい友達になれると思います。

  いじめをなくしたい、自己肯定感を高めたいと願い、今年度グランドデザインの目指す学校像に、「人権を尊重し、差別のない学校」を新たに取り入れました。しかし、人権を尊重することは、大人でも簡単なことではありません。その一歩は相手の気持ちに共感することだと考え、子どもたちに話しました。共感することの一番効果的なことは、お家の方が子どもたちの話をじっくり聞いてあげることだと思います。秋の夜長は、子どもたちの声に耳を傾ける絶好の機会です。

 押し付けにならないように対話形式で語り、子どもと気持ちが通じたら、朝のあいさつが少しは変わるかなとの期待も込めて話しました。

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学校だより10月号 校長巻頭言

         マラソン記録会を振り返って

スポーツの秋にふさわしい青空のもと、マラソン記録会が行われました。子どもたちの必死に走る姿にとても胸を打たれました。応援に来られたお家の方も、きっと感動したと同時に、苦しさに耐えながら走る姿から元気をもらったことと思います。

 私は、マラソン記録会の経験を学校生活にも生かしてほしいと考えています。  子どもたちは、マラソン記録会に向け、目標を立てて取り組みました。例えば、昨年より順位を上げるとか、練習の記録を上回るなど、その子なりに考え、立てました。

 自分の目標を達成するには、練習が必要です。学校では、マラソン練習のための時間を設定したり、10分間走を計画したり、がんばりカードを使い、走った距離に色を塗らせたりするなど、意欲的にがんばることができるように工夫しました。

 本番の記録を見て、よくがんばったと思う子もいれば、もう少しだったなと思った子もいたようですが、多くの子どもたちが、目標を達成したようでした。結果だけでなく、自分の練習も振り返ってみてほしいと思います。タイムを上げたいと思った子は、いろいろな作戦を考えたと思います。担任から助言・アドバイスを受けて挑戦することも大事ですが、自分で考えた作戦に挑戦することも大事です。

 私は、小学校最後のマラソン大会で、優勝したくて最初に全力で走り、逃げ切ろうと考えました。はじめは、トップで走っていたのですが、最後には、力尽きて、どんどん抜かれたことを今でも覚えています。

  そのときは、とてもがっかりして、情けない自分を感じていましたが、今では本当にいい思い出ですし、よく頑張ったと思います。そのころから、人に負けたくないという気持ちが出てきたように思います。中学校に行くと、マラソン大会もがんばりましたが、勉強も自分なりに目標を立て、分からないところは、友達から積極的に教えてもらうなど、作戦を立ててがんばりました。

 勉強は苦手でしたが、少しずつ伸びていき、成績も上がりました。そうすると、楽しくなってきて、試験前になると友達と4時間5時間と勉強しました。

  マラソンは自分との戦いです。苦しいことや辛いことから逃げるのではなく、どう乗り越えるか、克服するかです。しかし、苦しいことや辛いことは、避けたいのが子どもの気持ちです。だからこそ、自分の取組をしっかり振り返り、何をどうしたらよかったのかを考えさせるチャンスだと思います。友達やライバルのありがたさも感じると思います。

 これから日が短くなり、家庭で過ごす時間も多くなるかと思います。どうぞ、ご家庭でもマラソンに限らず、学習などに取り組んだ様子をじっくり聞いてあげ、アドバイスをしたり褒めてあげたりしてください。きっと子どもなりに何かしら考え、工夫している姿に出会えると思います。

一人前の教師になるために

 子どもの最大の教育環境は、教師である。その教師を育てる要因に、保護者がいると考えています。
  先週13名の新採用の先生方が研修にきました。今は研修制度が整っています。たくさんのことを勉強し、現場で生かすように学びます。私の若い頃は、新採用の研修はほとんどなく、同じ職場の先輩からいろいろと学びました。また、いろいろと失敗もしました。なぜ、悪いことをしたのかと、子どもを一方的に責めたり、上から目線で指導したりしました。今思うと、恥ずかしくなります。そんな中でも、保護者から人生の先輩として、励まされることも多々あり、学ばせてもらいました。土曜日、部活があったとき、私の分もそっとおにぎりを持たせてくださった保護者もいました。その心遣いにがんばろうと思ったものでした。
 がんばっていることを分かってもらえたり、認められたりすることは大人も子どもも、保護者も教師も同じだと思っています。

躾は難しい

 6月7日の朝日新聞に「置き去りはしつけ?」の記事が出ていました。躾のために、置き去りにする行為は行きすぎか。むしろ、虐待に近いのではないかとありました。その中で、山中に置き去りしたことと家で「出て行け」と怒鳴ることと本質的には同じではないかと考える男性会社員がいました。
 躾けることは難しいと感じています。我が子は後片付けが本当に苦手でした。私の経験から、躾には、タイミングや環境が大事だと思っています。それを逃すと、なかなか躾けることはできません。親も忙しいので、タイミングを見落としてしますことがあります。私も、いらだち「何度同じことを言わせるのだ」と我が子を怒鳴ったことがありした。
 朝日新聞の記事の終わりに、「なぜ親が行きすぎた躾をしてしまうのか」との問いに、小崎恭弘大阪教育大学准教授は次のように応えていました。「少子化で子どもがいる家庭が少数派になった。昔なら許されたことも、『親がなってない』などと批判の対象となり、きまじめな親ほど過剰なプレッシャーを感じている。」さらに、小崎さんが躾のイメージで使うのが「しつけ糸」だそうです。「細く弱い糸でゆるかに縫い、最終的に社会に出るときに形ができていればいい。いきなり本縫いをするような子育てが増えているけど、生き方を学んでいる途中の子どもが失敗するのは当たり前。追い詰めたらダメ。子育てには、『いい加減』くらいがちょうどいいんです」と。いい加減がいいかどうかは分かりませんが、躾が促成栽培のようにいかないのは確かだと思います。

 

遊びの中に人間関係や社会性を学ぶ場がある

 遊びの中に人間関係や社会性を学ぶ場がある
 6月6日(月)昼休みに、久しぶりに3年生から6年生の野球好きな子どもたちとこんにゃく野球をしました。子どもたちは、野球ができるのを楽しみにしています。野球はルールが複雑なので、よくトラブルになります。私は、このトラブルを子どもたちがどう解決するのかをみるようにしています。特に、アウト・セーフの判定はよくもめます。また、失敗すると責めるような発言もあります。道徳で「ふわふわ言葉やちくちく言葉」を学習していても、いざ自分の問題になると感情が先になり、もめるのです。でも、こうしたことを経験しながら、人間関係を学んだり社会性を身に付けてたりしていくのだと考えています。ナイスプレーをした子が、「楽しかった」と満足そうな顔をして、昼休みが終わりました。

学校だより4月号 巻頭言

      「子どもが主役」の学校づくり           校長 岡崎 登

桜花爛漫の春、76名の元気いっぱいな1年生を迎えて。入学式を行いました。
 今年の入学式で、次の点を強調して式辞を述べました。
『校長先生は皆さんを、「太陽の子」だと思っています。
皆さんがいると、周りの人は笑顔になります。
皆さんがいると、周りの人は頑張ろうと元気になります。
なにより、皆さんはぴかぴかでまぶしいです。
 太陽は、みんなに明るさと暖かさを分けてくれます。』
 学校は「子どもが主役だ」と今、改めてそのことの意義を感じています。また、「太陽の子」のように育ってほしいとの願いからです。作家灰谷健次郎氏の著書に「太陽の子」という作品があります。主人公のふうちゃん(6年生の女の子)が、沖縄の人がやさしいのは、その背景に辛い戦争体験があり、その痛みがあるからやさしいのだと気付き成長していきます。学校でいろいろな出来事(ドラマ)に出会うと思いますが、その一つ一つがやさしさを育てる心の栄養源であると考えています。
 また、始業式では、2年生から6年生に自分の思いや願いを自分の夢につなげてほしいと話しました。誰かが何かを計画し、楽しませてくれることもあると思いますが、自分たちが主体的に計画し、多くの人が喜んでくれる楽しんでくれることに喜びを感じてほしいと願っているからです。また、その延長線上に、自分の夢があると思うからです。
 3月に行われた「6年生を送る会」では、まさしく5年生を中心に企画運営され、創意工夫に溢れたすばらしい会でした。卒業生の劇もストーリーを考え、迫真の演技で見ている人を楽しませてくれました。さりげなく、自分たちが迷惑をかけたことに対しても反省とお詫びの気持ちも込められていました。
 教えられたことを一生懸命にやることも大事ですし、そこが基本中の基本であることは間違いありません。しかし、そこに甘んじ、自分たちで考えることを面倒くさがるようでは、心から楽しいと感じることは少ないと思います。
 「子どもが主役」の学校づくりは、失敗を見守り、子どもを信じ、支える教師でなくてはならないとも思っています。その意味では、教師自身も研修に励み、自分を磨き夢をもたなければならないと思っています。何よりも、教師は、子どもたちにとって最大の教育環境であるからです。
 教師は、子どもの成長を願っていますが、ともすると学校の名誉や成果としての成長であることがあります。それでは、学校(教師)が主役になってしまいます。
 保護者や地域の皆様の声を聞きながら、子どもが主役となる学校づくりを目指していきますので、今年度もよろしくお願いします。

学校だより3月号巻頭言

リセット

                     校長 岡崎 登

冬眠していた虫が這い出してくるという啓蟄の時期となり、いよいよ春本番となりました。 5年生を中心に、心のこもった「6年生を送る会」を終え、新旧交代の時期を迎えています。全校ダンスをはじめ、運動会、南の風フェステバルなど、全校のリーダーとして活躍してくれた6年生でした。 先日、「学校ボランティアさんに感謝する会」が開かれました。図書館ボランティアさんをはじめ、読み聞かせ、畑(さつまいや大根など)や学校田、放課後学習、下校、さらにたくさんのボランティアさんが子どもたちの教育活動や安全・安心確保に向けた取組を行ってくださっています。中でも、地域コーディネーターの平出優子さんからは、学校とボランティアさんとのパイプ役となっていただき、南地区協議会の皆様には、全面的なバックアップをしていただきました。こうした活動により、より充実した教育活動を行うことができました。さらに、お年寄りの方とのふれあいをはじめ、人とのふれあいが子どもたちの心を豊かにしていることを痛感します。

 6年生に「中学校に入学することは楽しみですか」と聞いたところ、手があまり上がりませんでした。いろいろな意味で悩んでいるようです。なかに、小学校生活をリセットしたいと思っている子もいました。何をリセットしたいのかと聞くと、たとえば、友達に意地悪なことを言ったり、やったりしたことをリセットしたい。勉強の学習態度や宿題をしてこなかったことをリセットしたい。自分の性格やいやな面、言葉遣い。などです。新しい気持ちで中学校生活をスタートしたい気持ちがひしひし伝わってきます。そのために、何が大切かをみんなで考えました。誰かがリセットボタンを押してリセットしてくれるのを待つのではなく、自分のがんばりたい気持ちを応援してくれる友達をもつ・なることと感謝の気持ちが大事であることを私の中学校生活の体験を通して語りました。A子さんは、「友達は自分からつくるものだと言うことが分かりました。校長先生の話を生かして、いい中学校生活を送られるようにがんばりたいです」と感想を書いていました。B子さんは、「中学校では、信頼される友達に自分がなりたいです」と書いていました。 6年生を送る会では、下級生からの感謝のメッセージとたくさんの「ありがとう」がありました。6年生には、夢と希望を大事にして進学してほしいと切に願っています。 「当たり前」の反対は「ありがとう」だと聞いたことがあります。小さなことに感謝する心が育っています。これもボランティアさんのおかげです。感謝あるのみです。